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社会人職転々編

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社会人職転々編

最初の会社をやめ、ステンドグラスの会社もだめになり、
女房子供を養っていかないといけないから、あせりがでてきた。
前の会社と変わらないぐらい給料をくれる会社を選んだ。
電話で勧誘して、教材を高く売りつける会社だ。
会社に電話してターゲットになるような人を呼び出して
ひつこく勧誘する詐欺まがいの仕事だ。
これである程度数字をあげると班長にならされる。
ぱぴいも班長させられた。その班が契約を取れないと
取れるまで帰れない。精神的にきつい仕事だ。
しかも人を騙しているのではないかという良心があるならば
契約は取れないのだ。
辛くて、最後はノイローゼ気味となり1年半で退社した。

休む暇なく、働かないといけないので、次の仕事が見つかるまで
深夜の代行運転でアルバイトをした。

もう人を騙すような仕事はしたくない。汗水かいて働きたいと
言う思いから、ペイント塗料の販売会社に就職する。
塗料の缶を工事現場まで運ぶ仕事で確かに汗水たらす肉体労働だ。
仕事事体が自分と肌違いで2カ月で退社した。

あせりにあせり今度は呉服店に就職する。
単に給料が高いというだけで決めたようなものだ。
スタッフが電話かけて予約がとれた所に、呉服をもっていき
売るというもの。案の定1品もうれず1カ月で退社です。

もうこれは明らかに自分を見失っていて、どうしたらいいのか
わからなくなっているのでした。
女房子供を養わなくてはという強い責任感が、ゆっくり自分という
ものを向き合い考えずに行動した結果です。

これには自分の父親が自分の家に帰り就職せよと言われていた。
しかし、嫁からは米子に大手メーカーの就職口があるから米子に帰ろうと
言われていた。(もちろん嫁はわたしの親と暮らすのは反対でした)
父に嫁と米子に帰ると言ったら、激怒して「なんで嫁の実家に帰る。帰るのは岡山じゃ。婿にやったんじゃないで」と言われどちらにも帰れない状況と
なっていた。はやくどちらかに帰ればこんなに職を転々としなくても良かったはずっだった。広島にとどまるしかなかったのである。
ひどく傷つき疲れはて、心はボロボロだった。
自分自身の自信も笑顔も消えてなくなっていた。

そんな中、岡山市に嫁いでいる姉から連絡があり、岡山市で職探しをして
その後広島から家族を呼びなさいと提案された。
姉と一緒に住む家族の協力もあり、食品の容器を扱う会社に就職がきまる。
家族を広島から呼び、給料は少ないが、マンションを借りて快適にすごせるようになる。
嫁も近くの会社でパートにでるようになった。
少なからず、安定した生活ができるようになった。

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