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社会人パン屋の店長編パート4

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社会人パン屋の店長編パート4

直営店の店長と言っても、時給1000円の時給社員である。
店が潰れても、親会社で雇ってくれたことはこの会社の良さでもある。
オーナーとしてやっていた店をそのまま引き継いだが、直営でやっても
売れない店は売れない。
1年後に閉店となる。
1度は自分の店だった。それが壊されて行くのを見て心の中で
泣き叫んでいた。前との妻と離婚して、子供と別れた次に辛かった。
その後、他の直営店に移る。
通勤に車で1時間30分。片道40キロを毎日通勤です。

やはり雇われていた方が、精神的に楽でした。
オーナーの時は、休みも取れず、給料も出ませんでしたから、
働いてお金が貰え、休めるのが夢のようでした。
今まで、仕事ばかりをしてきてあまり自分の時間を大事にしていません
でしたが、ここにきてすこし、楽をしてみると言う環境が整いました。

休みが取れるので
パチンコなんて、しなかったのに、休みのたびに通ったり、
パソコンを購入して、独学で学んだり、家族と旅行に行ったり、
仕事以外のことで楽しみを、見つけました。

仕事は責任感をもってやってました。
しかしなかなか売り上げが上がらなく、苦労しました。
月2.3回来て文句を行って帰る店舗担当者と月に1度行われる
店長会議で売上追求されるのを我慢さえすれば、後はやりたい
放題であった。

辞めたいと思うこともあったが、直営店店長は7年間続いた。
この間時給も上がらず、社員の試験も受けさせて貰えず、
またどこかの店のオーナーにと言う話も全くなかった。
やはり1度失敗すると2度とチャンスはないのだ。
嫁は正社員で働いていたし、家もまた買おうと言う希望はかなわず
そのまま嫁の実家に住みつき10年を迎えていた。
自分が不憫でしかたなかった。みじめだった。肩身が狭かった。
でも嫁の実家にいるしか生活は出来なかったのである。

そしてとうとう、自分が店長と呼ばれなくなる日が来る。
赤字店の為、閉店である。
次の受け皿は、工場である。
給料が下がりやっていけないのと、もう少し、店をやりたい気持ちが
あり、工場行きを断って退社である。49歳の春だった。

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